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横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)26号 判決

原告 甲野始

右訴訟代理人弁護士 影山秀人

同 井上啓

被告 平塚労働基準監督署長 齊藤晃彦

右指定代理人 熊谷明彦

同 白井ときわ

同 長谷川良則

同 宇山聡

同 前川和男

同 後藤秀邦

同 齊藤玲子

主文

一  被告が平成四年六月三〇日付けで原告に対してした、労働者災害補償保険法による休業補償給付及び休業特別支給金を全部支給しないとする処分は、これを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一本件請求

主文同旨

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、新聞、雑誌等の委託販売を業とする会社に勤務し、仕分け、梱包、配達、集金等の業務に従事していた原告が、勤務を終えて帰宅し、食事を開始したところ、突然意識を失い、WPW症候群に伴う発作性上室性頻拍症から心室細動、心停止への移行、無酸素脳症に陥ったことについて、同疾病は原告の業務に起因するものであるとして、被告が原告に対してした休業補償給付不支給決定の取消しを求めている事案である。

二  争いのない事実及び確実な書証により認められる事実

1  原告は、昭和三二年七月二八日に生まれ、昭和五五年八月に株式会社東都春陽堂(以下「本件会社」という。)に入社し、相模原営業所に配属されていたが、平成元年四月一四日、同営業所から平塚営業所が分離、新設されるのに伴い、同日、平塚営業所に配置換えとなった。(乙三、一二)

本件会社は、関東地区を営業圏とし、その事業内容は、新聞、雑誌、雑貨、菓子、飲料、煙草等の委託販売で、鉄道沿線の駅売店、コンビニエンスストアにこれらを販売するほか、書店三店を経営している。出先機関として、営業所が一二か所あり、従業員は約四五〇人である。

原告が勤務していた平塚営業所は、平成元年四月一四日に新設されたばかりの営業所で、神奈川県の県央、西部を営業地区として私鉄沿線の駅売店、コンビニエンスストアに新聞、雑誌の委託販売を行っており、従業員は、社員五人(男性)、事務補助一人(女性、同月二〇日から就労)、パート二人(女性、同月一五日から就労)、アルバイト一人(男性、同月一八日から就労)という構成であった。

2  原告は、平成元年四月二八日、本件会社からの帰宅後、食事を開始したころ、突然意識を失い、直ちに北里大学病院に搬送されたものの、「WPW症候群に伴う発作性上室性頻拍から心室細動、心停止への移行、無酸素脳症」(以下「本件疾病」という。)と診断されて入院、治療を受けた。原告は、同年七月五日、田園都市厚生病院に転医し、平成三年四月六日まで入院し、その後自宅において療養中である。

原告は、平成元年八月七日、被告に対し、同年四月二九日から同年七月五日までの期間にかかる休業補償給付及び休業特別支給金合計五万六六〇二円の支給請求をしたが、被告は、平成四年六月三〇日付けで不支給決定(以下「本件処分」という。)をした。本件処分には、請求の事由となった本件疾病の基礎疾患としてWPW症候群の存在が確認されたこと及び発症前の業務内容等を総合的に判断した結果、本件疾病と業務との間に相当因果関係を認めることができないため、本件は労働基準法施行規則三五条別表一の2に該当する疾病とは認められない旨の理由が付されていた。

原告は、本件処分に対する審査請求をしたが、神奈川労働者災害補償保険審査官は、平成六年三月三一日、原告の審査請求を棄却するとの決定をし、労働保険審査会は、平成九年三月二六日、原告の再審査請求を棄却するとの裁決をした。

三  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は、原告の本件疾病が、同人の業務に起因するものかどうかである。

(原告の主張)

1 心臓疾患における業務起因性については、まず、長期間の日常的な過重業務への従事による慢性的なストレス暴露が、徐々に体を蝕み、発症直前の状況は発症のための小さな契機に過ぎないとの経験則を軽視すべきではなく、発症当時の被災労働者にとって、少なくとも発症の二ないし三週間前からの具体的な業務内容が過重と評価しうるものか、そして、その業務と発症との間に相当因果関係があるかを個別に判断すべきである。また、本件のように、被災労働者に基礎疾患があり、これと業務の過重性が原因競合したような場合には、過重な業務が基礎疾患と共働原因となって、発症等の結果を招いたと認められたり、又は基礎疾患が主因となったとしても、業務の過重性により自然増悪の経過を超えて右疾患を増悪させたものと認められれば、相当因果関係ありとして業務起因性は肯定されるべきである。そして、右の判断に当たっては、医学的知見は一つの有力な資料となり得るが、これに限定することなく関連する一切の事情を考慮した一般経験則も用いて総合的に判断すべきである。

2 原告の本件疾病発症前の勤務状況は、別紙「発症直前二〇日間の勤務状況」のとおりであり、同期間中の原告の勤務状況は、以下のとおり分析できる。

(一) 原告は、一八日間勤務しており、休日はわずか二日のみである。

総労働時間は一九五時間三〇分に達し、実働した一八日間の一日あたりの平均労働時間は一〇時間五〇分、休日出勤の四月九日を除いた平日一七日間の平均労働時間は一一時間一四分となる。

総残業時間(休日も含めた全ての所定外労働時間)は七六時間三〇分で、実働一八日間の一日平均残業時間は四時間一五分にも達する。

原告は、深夜労働となる朝刊業務を一二日も行い、また、一日の労働時間が一一時間以上となる労働日も一八日中一二日ある。

四月九日(日)から一五日(土)までの一週間の労働時間は七一時間三〇分であり、同じく一六日(日)から二二日(土)までの一週間は七〇時間三〇分である。これは、労基法三二条一項の規制を大幅に超える違法な長時間労働である。

このように、原告は、本件発症直前の二〇日間に、労基法三二条等に違反するきわめて長時間の労働に従事していたのであり、このことだけでも、原告の業務の過重性は明白である。

(二) 原告は、発症直前の二〇日間に一二日間も朝刊業務に従事したが、この朝刊業務は、概ね午前二時三〇分から午前七時までの深夜、早朝勤務である。

原告は、この朝刊業務を四月一七日から二二日まで、六日連続で勤務するなどしている。しかも、深夜労働をした場合には、労務終了後は明け番となって十分な休息をとるのが一般であるのに、原告の場合は、朝刊業務の前にも後にも、通常の日勤があるなど、およそ考えられない勤務形態となっていた。この日勤と朝刊業務との間の僅かな時間に、自宅でゆっくりと休息することなど望むべくもなく、これでは疲労の回復を期待することはそもそも無理である。

被告は、他の同僚も同じくらい朝刊業務をやっていたと主張するが、六日間連続の朝刊業務をやった同僚は存在しない。本来、本件会社では大体週一回くらい、多くても月に六回くらいまでが朝刊業務の限界と考えていたが、平塚営業所が深夜業務について欠員状態でスタートしたために、社員には非常に無理を強いることになった。

しかも、朝刊業務では、新聞、雑誌類の仕分け、梱包、トラックでの配送などを行うので、時には八〇キログラムを超す重量物の運搬(階段の昇り降りを含む。)や比較的長距離のトラック運転業務をこなさなければならず、これらの作業内容自体、肉体的負荷のきわめて大きいものであった。

そもそも人間には昼、活動時優位の交感神経系と夜間睡眠時優位の副交感神経系が存在し、この自律神経によって、生体潮汐現象と呼ばれる現象(体内の塩化ナトリウムや水が血管と組織間を相互に移動する。)が起こる。深夜労働は、昼夜逆転の活動に、自律神経の逆転が伴わないため、本来の健全な生体潮汐現象が営めず、調律異常により不整脈などを誘発しやすいと言われている。さらに、夜勤後の昼眠の効果は、明るさ、気温、騒音レベル、家庭生活の影響、体内リズムの慢性などを考慮すると良くても夜間睡眠の七〇パーセント程度といわれている。

以上により、原告は、発症直前、長時間労働に加えて、深夜労働となる朝刊業務を頻繁に繰り返し(とりわけ、本件発症の二週間前には六日間連続して朝刊業務を担当した。)、しかもその業務は重量物運搬やトラック運転業務などそれ自体重労働で肉体的負荷の大きい作業であったことから、原告が発症直前に多大な過重負荷を受けたことはもはや明らかと言わねばならない。

(三) 加えて、直前二〇日間は、平塚営業所の新設時期(平成元年四月一四日)と重なる。原告は、新設される新しい営業所に異動となり、新たな仕事の段取り、新しい人間関係の形成、仮眠場所や通勤経路の変更と不慣れ、集金業務という未経験の業務の追加など、従来の所定業務と異なる不慣れな業務に従事し、精神的にも相当な負荷を受ける状態であった。

(四) よって、被災直前に、原告が肉体的、精神的に多大な過重負荷を受ける業務に従事したことは疑いようがない。

3 本件疾病発症の機序については、突然意識障害が生じたという発症状況に照らし、心房性期外収縮の増加のため、房室回帰性頻脈の発症がないまま心房細動がまず起こり、心室早期興奮を伴った心房細動に至り、心室細動へ移行したというべきである。

原告には、WPW症候群という基礎疾病があったが、原告の場合は、無症候性のWPW症候群に属するものであって、この疾病は、ほとんどの場合は良性であり、これだけで重篤な不整脈を呈したり、死に至るなどということはきわめて稀である。しかしながら、この基礎疾病を持つ者が、相当な精神的、肉体的負荷やストレスにさらされた場合、この負荷やストレスがきっかけ(引き金)となって、心房性あるいは心室性の期外収縮が増加し、そのため心房細動の機会が増え、それとともに、右引き金により直接心房細動の機会が増加し、心室早期興奮を伴った心房細動に至ることがある。そして、心室早期興奮を伴った心房細動から心室細動へ移行する因子としては、副伝導路の伝導性と心室筋の電気的不安定性の二つが考えられる。

原告の場合、右2のとおり、発症直前(とりわけ発症前二〇日間)に、深夜労働、重労働を伴うきわめて長時間の業務に従事し、それによる疲労困憊状態を自宅での休息、十分な睡眠などによって回復することができないまま、過重な業務をさらに継続した結果、疲労が蓄積し、そのストレスにより自律神経(とくに交感神経)の緊張はカテコールアミン(副腎皮質ホルモン)の分泌がもたらされ、副伝導路の伝導性を早めたのである。また、カテコールアミン血中濃度の増加は、心室筋の電気的不安定性の尺度となる心房細動閾値の低下を招く。さらに、原告には、連続した深夜労働などによる蓄積疲労のため、本件疾病発症前に胸が苦しくなるなど自律神経の失調状態を生じ、これにより非常に不整脈を起こしやすい状態にあったから、これにより心房細動の発症が引き起こされる可能性もある。しかも、原告は、本件疾病発症直前に飲酒をしたことは認められず、かつ、妻は妊娠中で夫婦間の性交渉のため睡眠不足となったことも認められないのであって、他に右災害を誘発するような事情は特に見当たらない。

また、原告の基礎疾病であるWPW症候群は、ケント束経由の電気的興奮が心室に到達するのが遅れるタイプであって、必ずしも初発の心房細動から直ちに致死的な心室細動に結びつく危険性の高い、ハイリスク群に属するものではなく、右の諸事情に鑑みれば、原告の副伝導路の伝導性が生来的に非常に良かったというべきではなく、右の過重な業務が、右WPW症候群の自然経過では通常考えられない、心室早期興奮を伴う心房細動から心室細動へという重篤な不整脈を誘発し、心停止、無酸素脳症をきたしたものである。

仮に、原告の副伝導路の伝導性が極めて良好であるとした場合、心房細動から心室細動を起こしやすくなるのであるから、むしろ心房細動を引き起こした原因が問われるべきであり、その原因は業務からくる疲労やストレスであって、心房細動を起こした後は因果の流れとして心室細動を起こしたに過ぎず、業務による疲労やストレスのために心室細動を起こしたことに変わりはない。

4 したがって、原告の発症直前の過重な業務が、WPW症候群という素因と共働原因となり、又はその自然経過を超えて、原告に重篤な不整脈を発症させたから、本件疾病には業務起因性を肯定すべきである。

(被告の主張)

1 労働者が疾病に罹患した場合、複数の原因が結果発生に対して競合しているのが通常であるが、労災補償制度は、業務と業務外の事由という複数原因が競合する場合に、業務が寄与した割合に応じて労災補償給付をすることを予定せず、業務上であるか否かを画一的に判断する制度を採用していること、及び当該疾病等が当該業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化と認められる必要があることからすれば、因果関係の相当性の判断において、業務が疾病に対して、他の業務外の事由と比較して相対的に有力な原因となっていると認められる場合についてのみ相当性があると解すべきである。そして、「有力な原因」であるか否かの評価に当たっては、業務に疾病を生じさせる具体的有害性ないし危険性が存在しているかどうかを判断の根拠とすべきである。

ところで、脳・心臓疾患(以下「脳心疾患」という。)の発症の原因となる特定の業務の存在は、医学経験則上認められておらず、これらの疾患と業務との関連性はきわめて希薄なものといわざるを得ないところ、個別的事案によっては、本来的には私病であるこれらの疾患が業務上の諸種の要因により急激な血圧変動や血管収縮を引き起こし、血管病変等がその自然経過を超えて急激に著しく増悪させ、その結果、脳心疾患等を引き起こしたと医学的に認められる場合もあり得る。このような場合にあっては、その発症に当たっては、業務が相対的に有力な原因であると判断され、業務起因性を肯定することができる。そこで、脳心疾患が労働基準法施行規則三五条別表第一の2第九号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するかどうかを判断するためには、当該脳心疾患が業務によりその自然的経過を超えて発症したことが医学的に認められることが必要であり、そのためには、業務負荷が自然的経過を超えて血管病変等を急激に著しく増悪させ、当該脳心疾患が発症したという因果関係が個々の事案ごとに個別具体的に認められる必要がある。

2 これを原告の本件疾病発症の業務起因性の有無について当てはめると、まず、原告の意識消失発症時の病態は、原告が生来顕性WPW症候群であったところに、心拍数の速い心室早期興奮を伴った心房細動が生じ、それから急速に心室細動に移行し、北里大学病院救命救急センター到着時には心静止状態に陥っていたものと考えられる。

次に、原告の本件疾病の発症の一番の原因は、原告が生来的に伝導性の良い副伝導路を有する高危険群(ハイリスク群)に属するWPW症候群であったことにある。このことは、<1>原告が帰宅後自宅で休んでいるときに発症しており、迷走神経優位な状態にあったと考えられるため、カテコールアミンのレベルは低い状態であったと考えられるにもかかわらず、このような重症性不整脈を発症していること、心肺蘇生術を行う際には、非常に大量のカテコールアミンを静脈内投与するため、蘇生中あるいは蘇生後の状態は、カテコールアミンのレベルは極度に高い状態であるにもかかわらず、その段階で再び致死性の不整脈が起きていないことから考えると、カテコールアミンの関与はそれほどでもない、あるいはカテコールアミンが関与しなくても相当悪い不整脈が起こる素地が元来あったものと推察されること、<2>原告は、心房細動から心室細動に移行し、心肺蘇生術にて救命できた場合に当たり、そのこと自体から副伝導路の伝導性の良いハイリスク群に属すると確実に判断できることからして明らかである。

さらに、原告は毎日焼酎のウーロン茶割を三杯くらい、あるいはウイスキー水割りを四、五杯飲む習慣があったところ、長期的に飲酒を続けていると心房筋が変性して心房細動になりやすくなり、短期的に酒を飲むと尿が出て脱水状態になり、それが心房細動のきっかけになるから、いずれにしても原告の飲酒の習慣が心房細動に影響を与えたものということができる。

これらの事実関係に鑑みれば、原告の本件発症は、原告に先天的に存在していた、伝導性の良い副伝導路を有し、ハイリスク群に属する顕性WPW症候群という基礎疾患に基づくものというべきであるから、非常に高いカテコールアミンのレベルに至る高度なストレス(過重負担)の直後、直前、最中あるいはその始まりに起こった場合でない限りは、頻脈性発作発症と特定の行動等との関連性は医学的知見によっても認められない。

3 また、WPW症候群においては、頻脈発作のきっかけとなる上室性あるいは心室性期外収縮は、日中の労作によって生じ得るのみならず、安静時における迷走神経優位の時にも生じ得ること等から、一般的に労働やストレスとWPW症候群における頻脈発作性発症との間には普遍的な関連を有しない。したがって、原告の本件発症は、従前から恒常的に存在していた心房細動、さらには、それが心室細動に移行する原告自身に属する危険がこの時に現実化したのであって、それは、原告自身の基礎疾患に基づくのであり、原告の何らかの業務に関する行動とは結びつかないと解すべきであるから、業務起因性に関しては、そもそも業務と条件関係自体が認められないというべきである。

4 原告は、朝刊業務を行った後、日勤業務に就いている場合があるが、この場合は連続して労働に従事するわけではなく、その間に三時間二〇分程度の間隔があり、この間は仮眠室で睡眠をとることができたのである。そして、朝刊業務自体は内勤作業と比較してもそれほどきついと評価されるようなものではなく、しかも、午前中の内勤の作業内容は、返品の整理と一部搬入の早い雑誌の梱包作業程度であって、作業密度はかなり低いものであった。

また、原告は、平塚営業所勤務になってから営業も行うことになったが、内容的には営業所長と一緒に挨拶を兼ねた集金業務であって、新規の委託先を開拓するような神経を使う作業ではなかった。そして、原告は、相模原営業所から平塚営業所に配置換えになっているが、そのことも併せて勘案したとしても、今回の転勤が初めてではないことから、確かに新しい仕事をするに当たり、多少の精神的負担はあったとしても、その程度は比較的軽度である。

すなわち、発症当日は朝刊業務がなく、集金業務を行っているとしても特に過重な精神的、身体的負荷はなく、発症前一週間の業務も、四月二四日から二八日までの間に朝刊業務が二日間あるが、これは連続していないうえ、通常のローテーションによるものであるから、特に通常と異なる就労状況ではなく、この間において所定の休日も確保されている。なお、同月一七日から二二日までの六日間は朝刊業務が連続しているが、同月二三日は日曜日で休養も取れている。

5 以上によれば、原告は、WPW症候群という基礎的疾患を有しており、しかも、その基礎的疾患は、副伝導路の伝導性が良いハイリスク群に属していたことから、そもそも生来的に本件疾病を発症する危険性が高かったのである。そして、業務を終えて帰宅した後に、業務とは関係なく本件疾病が発症したのであるから、本件疾病には、原告の業務との条件関係自体が認められないというべきである。仮に、この点を措くとしても、原告の本件疾病の発症前一週間の業務が日常業務に比して特に過重な業務に就労していなかった上に、基礎心疾患等が業務によって急激に著しく増悪したとの事情も認められないから、そこには、自然の経過を超えて、原告の基礎的疾患を増悪させたと認めるべき事実関係が存在する余地はない。

したがって、原告の本件疾病の発症は、基礎的疾患が自然的経過により増悪して発症したに過ぎず、業務起因性を認める余地はない。

第三争点に対する判断

一  本件疾病発症に至るまでの原告の勤務状況等

前記第二の二の各事実に後掲の証拠を総合すると、次のとおり認められる。

1  平塚営業所における勤務の内容

(一) 本件会社平塚営業所における所定内勤務(日勤)時間は、午前一〇時三〇分から午後六時三〇分まで(休憩一時間、実働七時間)であり、休日は日曜、祭日である。通常の日勤業務の内容は、午前一〇時三〇分から午後〇時までは、委託販売の二〇ないし二五パーセントに相当する分量(雑誌三〇〇〇冊程度)が返品されることから、これを各品目に分け、テープで結束し、整理する。午後一時から二時までは、雑誌等の各品目につき各販売店への行先表示紙(一束ごとに挿む紙。)を雑誌配置表に従い約四〇〇ないし六〇〇枚準備する。午後二時から二時三〇分までは、本件会社本社物流センターから雑誌がトラックで運び込まれるので、フォークリフトを使用して下ろし、返品する雑誌をフォークリフトで積み込む。午後二時三〇分から五時三〇分までは、まず、各雑誌を雑誌配置表に従って販売店ごと、雑誌の種類ごとの数量に応じて大きく分け、次に、その端数の冊数を各販売店ごとに仕分け梱包し、行先表示紙を雑誌束に挿む。そして、配達先において、徒歩で運搬する際、背負いやすくするため、六ないし八束をテープで結束する。午後五時三〇分から六時三〇分までは、梱包、結束した雑誌をトラックに積み込むというものであった。ただし、平成元年四月当時、同営業所は、開設直後で、勤務体制も十分に整えられていなかったため、原告を含む従業員は、午後六時三〇分以降も残業することが、常態化していた。(乙二の7、三、一〇、二三、二九、三〇)

(二) 朝刊業務は、午前二時三〇分から午前七時までの間に、新聞、雑誌類を仕分けたり、各販売店に配送するものであり、その概要は、次のとおりである。すなわち、午前二時三〇分から午後三時三〇分までは、新聞一七種類、約三一〇〇部から、一束当たり七五ないし一〇〇部で結束し、朝刊大分け表に従って自ら担当する配送コースの新聞を区分し、朝刊配置表に従い各配達販売店ごとに部数を仕分けした後、トラックに積み込む。その後、遅めに到着するスポーツ紙の到着を待ってさらにその仕分けをし、梱包してトラックに積み込む。午前四時三〇分ころから各販売店へ配送して回り、午前六時三〇分から午前七時ころまでに営業所に戻るというものである。(乙二九)

平塚営業所開設当時の配送コースには、<1>本厚木コース(雑誌)、<2>小田原コース(雑誌)、<3>湘南コース(新聞、雑誌)、<4>本厚木コース(新聞)及び<5>小田原コース(新聞)があった。本件会社は、当初<1>ないし<3>を運送業者に委託し、<4>をアルバイトに、<5>のみを従業員に行わせる予定をしていたが、運送業者が二社しか確保できず、アルバイトも雇用できなかったため、<3>ないし<5>を従業員四人(従業員は五人いたが、うち一人は運転免許を持っていなかった。)で担当することになり、原告が<5>のコースを担当した。右<5>小田原コース(新聞)の仕事の内容は、二トントラックを一人で運転して、一四か所の駅売店に新聞約一〇〇〇部(重量約一五〇キログラム)と日勤で梱包積込済みの雑誌約三〇〇冊(重量約一〇〇キログラム)を毎日配送するほか、月、水、木曜日にはこれらのうち新松田、開成橋上、栢山、富水、蛍田の五店舗に雑誌一八五〇冊(重量約六〇〇キログラム)程度を併せて配送し、このほか、月、木曜日及び五、一〇日はスーパーマーケット二か所に雑誌を配送するというものであった。同コースの走行距離は約七五キロメートル、所要時間は約二時間三〇分と、他の二コースに比べて最も長い距離の移動を伴っていた。(乙三、六のI、2、一〇、二七、本多証人)

配送先の東海大学前橋上、秦野橋上、開成橋上の各店は、店舗が橋上にあり、また、渋沢上り、小田原の各店は、小田急の駅構内のプラットホーム上の店舗であるため、階段の昇降を要した。東海大学前は四四段、秦野は四五段、開成は四三段、渋沢は七一段及び平面歩行三六メートル、小田原は四四段及び平面歩行七五メートルである。(乙三二)

販売先でトラックから荷を降ろし店舗まで運搬する作業にあたり、例えば、雑誌類を運搬する場合、一〇キログラム前後(ただし、雑誌の種類及び一束の結束冊数で異なる。)の一束を二束一組として三ないし四組程度、約六〇ないし八〇キログラムを腰に載せ、身体を前傾させ、両手を後ろ手にして、荷を背負って運搬していた。(乙三、本多証人)

(三) 集金業務は、本部制(小田急、相鉄等)のないコンビニエンスストア二〇店舗くらいの集金に毎月二五日から三日間程度従事する業務であり、昼間、適宜行われていた。(乙八、九、本多証人)

2  原告の勤務状況

(一) 原告は、平成元年一月当時、本件会社相模原営業所で勤務していたが、その時の勤務状況は、出勤日数が二四日であるのに対し、早出及び残業時間数が計二四時間であり、朝刊業務回数が一三日(計六五時間)であった。同年二月は、出勤日数が二〇日であるのに対し、早出、残業時間数が計二九時間、朝刊業務日数は一〇日(計五〇時間)であった。同年三月は、出勤日数二五日に対し、早出残業時間数が計四四・五時間、朝刊業務回数は一二日(六〇時間)であった。(乙二の6、7)

原告は、昭和六三年一二月から乙山春子(以下「春子」という。なお、原告との婚姻期間中の姓は甲野であり、現在は野島である。)と同棲していたが、平成元年四月二日に結婚式を挙げ、同月三日から七日まで結婚休暇を取った。(春子証人)

(二) 原告は、同年四月八日から一三日までは相模原営業所に勤務しながら、平塚営業所の開所準備も行った。同月一四日からは、平塚営業所で勤務したが、同月中の勤務時間、業務内容、労働時間は次のとおりである。

八日土曜日 午前九時三〇分から午後一〇時三〇分、通常業務(早出、残業を含む)、一二時間

九日日曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

一〇日月曜日 午前〇時から午前五時、朝刊業務、五時間

午前九時三〇分から午後七時三〇分、通常業務(早出、残業を含む)、九時間

一一日火曜日 午前九時三〇分から午後七時三〇分、通常業務(早出、残業を含む)、九時間

一二日水曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前九時三〇分から午後八時三〇分、通常業務(早出、残業を含む)、一〇時間

一三日木曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前九時三〇分から午後七時、平塚営業所開所式準備及び通常業務(早出、残業を含む)、八・五時間

一四日金曜日 午前一〇時三〇分から午後八時、通常業務及び午後は相模原営業所の応援(残業を含む)、八・五時間

一五日土曜日 午前一〇時三〇分から午後七時三〇分、通常業務(残業を含む)、八時間

一六日日曜日 休日

一七日月曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前一〇時三〇分から午後七時三〇分、通常業務(残業を含む)、八時間

一八日火曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前一〇時三〇分から午後六時三〇分、通常業務、七時間

一九日水曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前一〇時三〇分から午後七時三〇分、通常業務(残業を含む)、八時間

二〇日木曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前一〇時三〇分から午後六時三〇分、通常業務、七時間

二一日金曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前一〇時三〇分から午後六時三〇分、売店の引継ぎ、新聞販売店への挨拶廻り及び通常業務、七時間

二二日土曜日 午前三時から午前七時、朝刊業務、四時間

午前一〇時三〇分から午後六時三〇分、通常業務、七時間

二三日日曜日 休日

二四日月曜日 午前一〇時三〇分から午後七時三〇分、通常業務(残業を含む)、八時間

二五日火曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前一〇時三〇分から午後八時、得意先挨拶廻り及び通常業務(残業を含む)、八・五時間

二六日水曜日 午前一〇時三〇分から午後七時、集金業務及び通常業務(残業を含む)、七・五時間

二七日木曜日 午前二時三〇分から午前七時、朝刊業務、四・五時間

午前一〇時三〇分から午後八時、集金業務を兼ねた挨拶廻り及び通常業務(残業を含む)、八・五時間

二八日金曜日 午前九時三〇分から午後七時、集金業務、挨拶廻り及び通常業務(早出、残業を含む)、八・五時間(乙二の6、7、二四ないし二六、春子証人、本多証人)

(三)(1) 原告は、相模原営業所在勤中、営業所から約一〇分の距離に居住していたことから通常業務後翌日の朝刊業務開始までの間及び朝刊業務後通常業務開始までの間は必ず帰宅していた。しかし、平塚営業所に異動してからは、電車及びバスの乗継ぎでは一時間三〇分以上、自動車でも約一時間の通勤時間を要したため、翌日に朝刊業務を控えた場合に、日勤後一旦帰宅して数時間後に深夜出勤するということも困難となり、帰宅せずに営業所で夕食を摂り、仮眠室で宿泊した。また、朝刊業務を行った直後に日勤を控えている場合にも、そのまま営業所に滞在することが多くなった。なお、平塚営業所における仮眠室は、営業所の二階、搬入口の上にあり、原告が使用した部屋は二段ベッドである上に、夜間の仮眠時間の最中である午後一二時前後には搬入口から雑誌が搬入されたので、仮眠中の従業員が物音で目覚めてしまうことがあった。このようなことから、原告は、平塚営業所に異動してからも、なるべく帰宅して妻と食事を摂り、自宅で仮眠をとるように心がけ、朝刊業務のない日は、午前九時三〇分ころに自宅を出て、午後八時ころに帰宅した。また、午前二時からの朝刊業務を控えているときは、前夜の午後一〇時三〇分までには就寝し、午後一二時ころに起床して支度をし、翌日午前一時ころに自宅を出た。そして、朝刊業務を終えてから、午前八時ころ自宅に戻り、食事の後にすぐ就寝し、通常勤務を控えているときは、午前九時三〇分ころ再び自宅を出た。しかし、原告は、疲労のため、右のとおり帰宅できないことも多く、同月一七日から二二日までの六日間連続で朝刊勤務に従事していた期間中は、一切帰宅せず、平塚営業所に宿泊し、日勤と朝刊勤務を繰り返していた。その後、同月二四日、二六日の夜も翌日の朝刊業務のため同営業所に泊まり、その後の通常業務を終えてから帰宅した。(乙八ないし一一、三〇、本多証人、春子証人)

(2) 原告は、平塚営業所では、相模原営業所在勤中は行わなかった集金業務に従事するよう指示され、今後の担当者としての引継ぎを兼ねて集金のため、平塚営業所長本多徳幸(以下「本多」という。)とともに、平成元年四月二五日から発症当日の同月二八日まで新聞店、販売店を訪ねて回った。具体的には、同月二五日午後、湘南コースの得意先挨拶廻りをし、同月二六日午前中から湘南方面の二店舗で集金をし、同月二七日午前中から小田原方面の集金、挨拶廻りをし、同月二八日午後四時三〇分ころから小田急線愛甲石田駅で二店舗の集金及び挨拶廻りに従事した。

3  原告の健康状態

(一) 原告は、本件疾病発症以前に大病を患ったことはなく、ときたま、風邪で病院を訪れる程度であった。高校時代には風邪を引いた際、動悸がすると母親に訴えたことがあったが、病院での検査の結果、不整脈との指摘は受けなかった。その後、本件会社への勤務開始後も度々風邪等でこばやし病院にかかったが、昭和五九年九月から昭和六二年一二月まで合計二〇回にわたり診察を受けた際にも、不整脈という診断は受けなかった。(乙一二、一三、三八)

原告は、昭和六〇年六月の成人病検診において心電図検査を受け、医師から異常を認めないとの所見を示された。ところが、原告は、昭和六二年二月、本件会社の相模原営業所で実施された定期健康診断の結果、不整脈の疑いがあり、心電図の精査を要するとの診断を受けたが、再検査を受けなかった。同年九月に実施された健康診断の際は、心電図検査の結果は異常がないとされたが、息切れ、めまいのため要精査とされた。なお、右九月に実施された心電図検査の結果では、原告を除く右事業所の従業員九名のうち三名が左室肥大、一名が徐脈ぎみと診断された。(乙二の4、5、一七)

(二) 原告は、平塚営業所への異動後本件発症前、夕食をしながら寝込むことがあったり、こたつで煙草を吸いながら寝込むことがあった。また、原告は、もともと物音に敏感で小さな音でもすぐ目が覚めるたちであったのに、朝刊業務が続いたときは、電話が鳴っても起きないことがあった。そのほか、原告は、本件疾病発症の数日前に、通勤途上の電車の中で立っていた際、急に胸が苦しくなり、顔色が悪いのを見た乗客に席を譲られたが、約一〇分後には回復したということがあり、同日の帰宅後春子にその様子を話した。さらに、原告は、春子に対し、普段仕事のことを余り話さなかったが、平塚営業所での集金業務を任された後、不得手な営業活動をやらなければいけなくなり、いやだという愚痴をこぼした。(甲一三、乙八、九、春子証人)

(三) 原告は、自宅で夕食をとる際に、普通の大きさのタンブラーに二〇度の焼酎を約五分の一、ウーロン茶を約五分の四入れた焼酎のウーロン茶割りを二、三杯飲むことが多かった。(春子証人)

4  本件疾病発症当日の勤務状況、発症状況

(一) 平成二年四月二八日、原告は、午前九時三〇分に出勤し、午前中は本件会社で、本社開発部の湯原と打合せをし、一旦平塚営業所で仕分けの業務を行い、その後、午後四時に挨拶廻り及び集金のため、本多と小田急線愛甲石田駅で待ち合わせた。本多は都合により三〇分ほど遅れて到着したところ、原告は、本多を待っている最中に具合が悪くなり、自ら乗ってきた会社の車の中で休んでいて、本多に対し、体の調子が悪いと訴えた。本多が原告に対して大丈夫かどうか尋ねると、同人が大丈夫であると答えたため、二人は、挨拶廻りと二件の集金を予定どおり遂行し、午後六時ころに平塚営業所に戻り、その後集金の精算業務を行った。(乙一〇、一一、本多証人)

(二) 原告は、翌日午前二時からの朝刊業務を控えていたため、午後七時ころ、本件会社の自動車を運転して帰途につき、午後七時五〇分ころ、本件会社相模原営業所に立ち寄り、しばらくの間従業員山下と話しをした後、午後八時ころに自宅に戻った。帰宅した際、原告は、春子に対し、その日は調子が悪かったと告げた。

春子は、原告の帰宅前から夕食の準備をし、帰宅後、夕食をこたつ兼用の食卓に運び始めたところ、原告は、スーツから部屋着に着替えて食卓横の座椅子に腰掛けた。そこで、春子は、まだ全てのおかずを運び終わっていなかったものの、原告に焼酎のウーロン茶割りを作って出し、原告の左横に座り、原告が食事を始めやすいように、玉子スープを二度ほどすすった。原告は、かき揚げを食べてから唐揚げを口にした途端、箸を落とし、体を食卓にぶつけてガターと音を立てながら、座椅子に座ったまま、身体を硬直させ、つっぱった感じになり、蒼白の顔面を呈した。原告は、春子がどうしたのと声を掛けても反応せず、その直後、乍ち顔面を赤くしたが、なお身体がつっぱった格好になった。春子は、慌てて原告の母甲野かね子に電話で連絡し、救急車を呼んだが、原告の体は次第に冷たくなり、そのうち首がガクッと垂れ、泪が一滴流れた。なお、原告は、右発症前に右焼酎のウーロン茶割りを全く飲んでいなかった。

(甲一三、乙八、春子証人)

(三) 原告は、午後九時一八分、救急車で北里大学病院に搬送された。その際、原告は、心肺機能が停止しており、自発呼吸も、触知し得る脈拍もなかった。意識はJCS三〇〇点、瞳孔は右四・五ミリメートル、左三・五ミリメートル、対光反射なし、末梢冷感、チアノーゼありという症状であった。そのため、同病院医師は、直ちに原告に対し、心肺蘇生術を施行したところ、心拍及び呼吸は回復した。しかし、意識はJCS二〇〇点までしか改善せず、脳波も徐々に徐波化し、ほぼ平坦化していった。その後原告は、自発開眼をし得るようになったが、呼名、従命には反応せず、無酸素脳症による植物状態に陥った。(乙二の3、四五)

二  本件発症の機序

桑島政臣医師作成の鑑定意見書(甲四の1)、野上昭彦医師作成の鑑定意見書(乙五八のI)に甲一ないし三、五、六、八、九、一二の1ないし3、乙二〇、二一、四五、五五、五九ないし六三、桑島証人、野上証人の各証拠を総合すると、次のとおり認められる。

1  WPW症候群

(一) 心臓は、全身に血液を送り出すポンプの役割を果たすが、このポンプが最も効率よく働くためには、右心房上部にある洞結節において規則正しく、しかも適当な頻度で発生した電気的刺激(インパルス)が刺激伝導系を介して心房、心室に伝わることが必要である。不整脈は、こうした生理的に正常な心臓の調律から外れた状態である。正常刺激伝導系は、洞結節で生成された刺激が心房筋から右心房下部にある房室結節、ヒス束、左脚及び右脚、プルキンエ線維を経て心室筋を順次興奮させる形で行われる。そこでは、ヒス束の貫入する部位のほかは線維組織、脂肪組織によって電気的に絶縁されているため、その経路は一本のみである。

早期興奮症候群とは、正規の房室伝導系を経る電気的刺激の心室到達よりも早期に、心室の一部ないし全部が興奮させられるものをいい、そのうちWPW症候群は、先天的に存在するケント束と呼ばれる房室間の副伝導路(正規の房室伝導系とは別の一ないし数本の伝導路のことである。)上の刺激伝導により、予想されるよりも早く心室興奮を生じるものをいう。WPW症候群の典型的な心電図所見は、副伝導路の所在部位、タイプ、心房内あるいは心房間の伝導時間、副伝導路、房室結節及びヒス束―プルキンエ系の特性、自律神経の影響などによって変動するものの、副伝導路経由による心室の一部興奮の存在のため、心房興奮を示すP波から心室作業筋の興奮を表すQRS波までのうちPR時間が短縮し(〇・一二秒未満)、QRS波の立ち上がり部分に三角波状のデルタ波が生じる。そして、その後における正常の伝導路からの心室興奮と融合して幅広いQRS波(〇・一二秒以上)となり、心筋の再分極を示すT波の異常が見られるというものである。

心房と心室を繋ぐ副伝導路には、心房から心室方向への電気伝導(以下「順行性伝導」という。)と、逆に心室から心房方向への電気伝導(以下「逆行性伝導」という。)がありうるが、実際には両方向性に伝導する副伝導路と順行性伝導のみの副伝導路、そして逆行性伝導のみの副伝導路がある。このうち順行性伝導を伴う症例のみが心電図上で特徴的なデルタ波を有し、逆行性伝導のみの症例ではデルタ波は出現しない。そして、WPW症候群は、心電図的には大きく三つに分類でき、右の定型的な心電図像を示す古典的WPW症候群のほか、異形(非定型的)WPW症候群として、V1位置におけるQRS波が上向きのa型、逆に下向きのb型がある。なお、健常者の心電図では、PR時間が〇・一二秒ないし〇・二〇秒で、デルタ波は存在せず、QRS幅が〇・一〇秒以内である。

また、WPW症候群の心電図は、時間の経過により大きく変化することがあり、ときには全くデルタ波が消失し、正常な心電図に戻ってしまうこともある。こうした観点から、心電図を記録して常にデルタ波が認められる例を顕性WPW症候群、デルタ波が出たり消えたりする例を間欠性WPW症候群、心電図を記録してもデルタ波は認められず一見正常であるが、実際にはケント束が存在しており、頻拍発作に関与する例を潜在性WPW症候群と分類される。

なお、WPW症候群の発生頻度は一〇〇〇人の心電図中一ないし四例といわれており、性別は男性が女性の二倍と多く、発症年齢による大差は認められていない。

(二) WPW症候群は、当初は予後良好の疾患と考えられていたが、一九四三年のウッドによる突然死例の報告以後、これに伴う突然死例が散見されるようになった。その後、抗不整脈剤の進歩による内科的治療の成功と同時に、難治例に対する外科手術によるケント束切断、そしてカテーテルアブレーションによる焼灼術と治療法が進歩し、完治できる不整脈として位置づけられている。

WPW症候群によって引き起こされる頻脈性不整脈には、房室回帰性頻拍と発作性心房細動がある。まず、房室回帰性頻拍は、正常伝導路と副伝導路とで構成された頻拍回路を、心房から房室結節、心室を経て副伝導路を通って心房へと電気刺激が回り続ける(そのような機序をリエントリー(回帰)という。)ことから生じるものであり、頻度も高い。ただし、房室回帰性頻拍は、全てのWPW症候群で起こるわけではなく、また、起こり得る回路を有していても、安定した調律の状態では頻拍は始まらず、その回路を回る頻拍が発生するためには何らかのきっかけ(引き金)が必要であり、臨床的には、上室性期外収縮あるいは心室性期外収縮といった不整脈が引き金となる。上室性あるいは心室性の期外収縮という不整脈は健常者でもしばしば認められ、WPW症候群患者の約半数は二〇歳までに房室回帰性頻拍を経験すると言われている。

次に、発作性心房細動発作は、他の器質的心疾患や健常者においてもしばしば認められる不整脈であり、通常はそれほど悪性度の強いものではないが、それが顕性WPW症候群に合併した場合、悪性度は高く、稀には致死的な不整脈にもなりうる。すなわち、心房細動時には、心房には律動的な規則的収縮はなくなり、毎分約三五〇ないし六〇〇回細かく震えるのみとなる。副伝導路が存在しない場合は、その無数の電気刺激は房室結節を通る際に結節内でふるいに掛けられ、心室への刺激頻度はせいぜい毎分一〇〇ないし一六〇回程度に淘汰されるから、基本的に生命にかかわるような問題はない。他方、副伝導路が存在する場合は、心房内の無数の電気刺激は副伝導路及び房室結節を介して心室を刺激する。通常、副伝導路の伝導は房室結節より良好で、ふるいの機能も少ないため、心房細動時の電気刺激は専ら副伝導路を介して頻回に心室に伝導されることとなり、心拍数も毎分二〇〇ないし三〇〇回となる。副伝導路の伝導性が著しく良好な場合には、心室反応レートが極端に上昇し、極めて稀ではあるが、心室細動に移行することもある。心室細動とは、心室筋に無秩序な電気刺激が蔓延した状態であり、心室筋に律動的な収縮がなくなり、震えるような痙攣状態のみとなる。心臓のポンプ機能もなくなり、血圧も拍動圧は消失、意識も消失、呼吸も停止する。発作性心房細動がWPW症候群に合併する頻度は、一一・五ないし三九パーセントとの報告がある。この数値は一般人口に見られる発症頻度に比べて著しく高い。その理由については未だ明確ではないが、房室回帰性頻拍の持続が心房の電気的不安定化などを引き起こし、心房細動に移行するという機序がまず考えられる。また、長年の副伝導路や頻拍発作の持続により心房筋自体が心房細動を起こしやすいように変性している可能性もあると報告されている。

(三) 顕性WPW症候群患者において心房細動が生じた際は、右(二)のとおり、心房内の多数の電気刺激は副伝導路を介して頻回に心室に伝導される。この頻拍の状態を「心室早期興奮を伴った心房細動」という。このとき、副伝導路の順行性の伝導特性が良ければ良いほど結果的に高頻度の心室興奮が生じ、病態としては悪くなり、血圧低下に伴う種々の重篤な症状(めまい、嘔気、起立不能、意識消失など)が出現する。副伝導路の伝導が著しく良好な場合では、心室反応レートが極端に上昇し、極めて稀ではあるが、心室細動に移行することもある。

WPW症候群の危険性は、心室早期興奮を伴った心房細動から心室細動への移行の可能性如何にかかり、その要因には副伝導路の伝導性と心室筋の電気的不安定性の二つがある。

このうち、副伝導路の伝導性は、生来的なものに大きく影響され、特にカテコールアミンによって促進されることも多い。次に、心室筋の電気的不安定性については、これが高い場合には心室細動に容易に移行するが、これが低い場合には移行しない。この心室の電気的不安定性の尺度を心室細動閾値といい、同値が低いほど電気的不安定性が高く、心室細動になりやすい。発症時のカテコールアミン血中濃度が高ければ高いほど心室細動閾値は低下する。

2  原告の基礎疾患

原告が本件疾病に発症し、心肺蘇生術がされた後の北里大学病院及び田園都市病院で検査した際の心電図(乙二〇、二一)にはデルタ波が存在し、原告は古典的な顕性WPW症候群という基礎疾患を有していたものと認められる。そして、そのデルタ波の極性から考えて原告の副伝導路は、左側僧帽弁輪前壁から前側壁に位置すると考えられ、また、原告の心電図上のP波が幅広で二峰性ないしは二相性になっていることから、高率に心房筋の変性が進んでおり、心房の受攻性も高まっているということができる。

3  本件疾病発症の機序

原告は、北里大学病院救命救急センターに到着した時、心肺機能停止の状態にあり、その直後、直流通電徐細動を行わずに、挿管、人工呼吸、心臓マッサージ、薬物投与をするという措置により正常心拍に復していることから、同センター到着時の心電図所見は心室細動というより既に心静止状態にあったと考えられる。そして、原告が動悸、めまい、顔面蒼白、胸痛などの症状なしに突然意識消失を来し、その結果心肺停止状態に至ったことから、心房性期外収縮あるいは心室性期外収縮から突然心房細動発作を生じ、心室早期興奮を伴った心房細動(心室応答の速い心房細動)から心室細動に移行したものと推認できる。

三  ストレス、過労が不整脈に与える影響

後掲各証拠によれば、次のとおり認められる。

1  不整脈、特に頻脈性不整脈は突発的、一過性に出現し、あるいは増悪する。その誘発、増悪因子として心筋虚血、自律神経異常、ストレス、電解質異常、心不全などが挙げられる。その中で、ストレスとは、外部的要因(ストレッサー)が加わって個体における内部環境の恒常性(ホメオスターシス)が乱され、歪みが生じた状態であり、ストレッサーには、物理的なもの、化学的なもの、生物学的なもののほか心理的なもの(不安や緊張などの情動変化など)がある。

そして、ストレスにより交感神経系の機能が高まり、副腎髄質及び全身の交感神経の末端からアドレナリン、ノルアドレナリンといったカテコールアミンが分泌される。交感神経緊張、カテコールアミンの分泌は、不応期の短縮、不均一性の増大及び伝導能改善をきたし、リエントリー形成を促進するほか、頻脈性不整脈を惹起する。これに対し、副交感神経緊張は、徐脈性不整脈を生じさせて心房不応期を短縮させ、心房細動、粗動を惹起させ、心室細動に対しても促進的に作用するとの研究報告がある。

ストレスと不整脈との関連、すなわちその機序、診断及び治療については必ずしも医学的に解明されたとはいえない。それは、ストレスの認知、対処、反応の有無程度については個人差が大きいため、ストレスの定量的な評価方法が確立されておらず、また、ストレスと発作との因果関係が完全に解明されたとは言い難いなどといった理由による。すなわち、ストレスが自律神経系の調節異常をもたらすこと、期外収縮を増加させ、発作性心房細動の要因になり得ること自体はほとんどの論者により承認されつつも、その寄与の程度については定説と言えるものがまだ現われていない状況である。

(甲四の1、一〇、一一、乙五八の1、桑島証人、野上証人)

2  過労とは、単に日常的な活動あるいは習慣的生活活動を越えた精神的、身体的活動を指すのではなく、過労負荷による重篤な病的状態を招来させるような極度の疲労状態をいうものと考えられている。疲労、過労の生体に対する影響は、ストレスのそれとほぼ同様であるものとされており、不整脈を生じやすくすることが知られている。疲労の限界については、無意識的習慣や意識的な運動訓練による馴化という要素が関与するため個人差が強いが、客観的就業時間や仕事量では一概に決められず、このほか負荷を受ける人の耐容能、環境条件により規定される。疲労感や疲労は、安静時の臨床生化学検査や心電図検査でいかなる異常も認められない場合でも、明らかに運動能の低下を生じせしめることがあり、かつ不整脈の合併などをきたす場合もある。疲労感を訴えるときに、明らかな運動能の低下や不整脈の出現を見ることがあるが、このような状況下で運動や仕事を行う場合、たとえ日頃と同じ量の負荷でも、これに対応するためには相当に過重な負担が加わることになり、これが積み重なって次第に疲労は増していく。(甲四の1、一〇、一一、桑島証人)

3  人間には昼間活動時優位の交感神経系と夜間睡眠時優位の副交感神経系が存在し、この自律神経によって、約二四時間のリズム(サーカディアンリズム)が保たれているところ、厳しい深夜労働により、昼夜の区別なく活動する生活をすることになると、サーカディアンリズムによる交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、調律異常により不眠、睡眠障害、疲労感の残存、摂食障害等の不調を生じ、心臓へも悪影響を及ぼし、期外収縮ないし不整脈を誘発しやすいと言われている。また、ストレスが非常に強い交感神経の優位の状態(活動時)では、カテコールアミンが分泌される。副交感神経優位の状態(休息時)でも少量ながらカテコールアミンは分泌される。(甲四の1、桑島証人、野上証人)

なお、右2に関し、被告は、疲労蓄積が、概念自体として曖昧であり、医学的にどのような状態にあるのかが解明されていないから、これと不整脈との関連は不明であり、あえて考慮するべきではないと主張し、乙五八の1、野上証人の証言はこれに沿う。しかし、甲一〇、一一等によれば、疲労蓄積に関する研究が存在することが認められ、野上証人も同研究の存在を知りつつこれが医学的に確立する程度に認知されていないから疲労蓄積というものはないと考えた旨証言し、また、同人は、ある者が長期間身体的、精神的疲労にさらされた場合、その回復にはある程度の時日を要することを認めた上で、ただし、その回復期間中にさらに疲労原因にさらされた場合、正常な回復がされるかどうか、従前の疲労の影響が持続するかについては分からない旨証言していることからすると、疲労蓄積という用語を用いるかどうかは格別、前記のとおり、甲一〇、一一、桑島証人によって、疲労状態に陥った後、まだ疲労回復しない状態というものが存在し、かかる状態のもとでは、従前からの疲労による影響が持続していることを認定したとしても野上証人の証言と矛盾することはないというべきである。よって、被告の右主張には理由がない。

四  原告の業務と本件疾病発症との相当因果関係

一から三までに認定した事実に基づき、原告の業務と本件疾病発症との間の相当因果関係について検討する。

1  心疾患の発症の原因となる特定の業務の存在は医学経験則上認められておらず、これらの疾患と業務との関連性は一般的に希薄なものといわざるを得ない。また、二に認定のとおり、WPW症候群は、一一・五ないし三九パーセントの割合で心房細動を発症するところ、野上証人によれば、そのうち約六〇パーセントについては特に誘因がないことが認められる以上、原告についても何の誘因もなく心房細動を発症し、そこから心室細動に至る可能性があることは否定できない。しかし、個別的事案によっては、本来的には私病である右疾患が業務上の諸種の要因により期外収縮を増加させ、その結果、心房細動を経て心室細動に至ることも考えられないわけではない。

2  そこで、以下、原告の業務が本件発症に寄与したか否かについて検討する。

一に認定のとおり、本件会社では、夜間(朝刊)勤務と昼間勤務との交替制をとらず、昼間勤務への従事を前提として、一週間に二回程度夜間勤務を行うという勤務体制を採っていたのであり、しかも朝刊業務は、自ら自動車を運転して目的地に到達した上、六〇ないし八〇キログラムの重量物を背中に担ぎ、階段を昇り降りして相当距離を運搬するという内容である。このような内容の勤務が過重なものであることは、昭和六二年九月に相模原営業所で実施された従業員に対する健康診断の際の心電図検査の結果、原告を除く右営業所の従業員九名のうち四名という相当高い確率で心臓に関し何らかの異常が発見されたことからも、客観的に明らかである。

そして、原告は、平成元年四月八日以降本件発症当日の二八日までの二一日間については、一九日間勤務し、一週間平均約〇・六日の休日しか取っていなかったことに比べ、同年一月から三月までの間は、勤務日数が六九日であるから、一週間で平均約一・六日の休日を取っていたことを考慮すると、原告の四月の勤務シフトは、以前に比べ格段に密になっていたということができる。次に、四月八日から一三日までは、相模原営業所での昼間の通常業務をこなしながら平塚営業所開設準備のため、相模原営業所と平塚営業所の間を往復するという変則的な業務に従事した。しかも、朝刊業務に四回従事し、そのうち三回は月、水、木曜日に当たっていたので、通常の運搬物に加えて雑誌約六〇〇キログラムを配送した。さらに、原告は、一四日の平塚営業所開設に伴って異動したが、アルバイト従業員が雇用できず、運送会社の手配ができなかったという本件会社の都合から、五つある運送コースのうち三つまでを五人の同社従業員とともに賄わなければならない事態に陥り、相模原営業所の時代に比して急増した仕事量を負担した。その結果、原告自身も、また、他の従業員でも行ったことがない、一七日から二二日までの六日間連続の朝刊業務に従事することになり、なおこの間毎日昼間の通常業務にも従事したのである。このような状況から、原告は、右集中的な朝刊業務への従事を終えたころには、過度に疲労が蓄積した状況にあったことが容易に推認できる。右の間、原告は、通勤時間を無駄にしないために会社に宿泊したが、前認定のとおり、仮眠室は必ずしも熟睡を確保できる施設ではなく、朝刊業務終了後次の通常業務開始までの間に、疲労が十分に回復されたとは認め難い。

原告は、二三日に一日の休暇を取った後に、二四日以降毎日通常業務に就き、二五日、二七日には朝刊業務を行っており、原告の本件疾病発症前一週間の業務量は、休日明けの五日間で朝刊業務が二日であって、これは日常業務を少し上回る程度の業務量である。しかし、右日常業務自体が早朝・深夜業務を含む過重なものである上に、二五日から、通常業務の合間を縫って、本多とともに、得意先への挨拶廻り及び集金業務という新規業務を開始したのであって、二二日までの集中的な朝刊業務従事による肉体的疲労の相当部分が回復されないまま、疲労が蓄積されたものと推認される。そして、そのような状態にあったことは、原告が、本件発症の数日前に、通勤途上の電車内で立っていたところ、急に胸が苦しくなり、顔色が悪いのを見た乗客から席を譲られたことのほか、原告が平塚営業所への異動後、自宅での夕食中に寝込んだり、こたつで煙草を吸いながら寝込んだり、物音に敏感だった原告が電話が鳴っても目覚めなかったことからも認め得る。しかも、右挨拶廻り及び集金業務は、それまで原告が従事してきた仕分け、運搬を中心とする肉体的疲労を伴う作業とは異質であり、責任が重く、対人関係が重視される精神的疲労を伴う内容であり、原告は、本多に対しては不平を述べなかったものの(本多証人により認める。)、春子に対して、営業活動はいやだという愚痴を漏らしていた。そして、原告は、二五日以降毎日、挨拶廻り及び集金業務を行い、二七日木曜日の朝刊業務に就いたのであるから、原告の疲労の程度はさらに増していったことは容易に推認し得る。そのような状況のまま、二八日にいたり、原告は、本多と待ち合わせて挨拶廻り及び集金をすることになっていったところ、仕事の都合から本多が待合せに約三〇分遅れて到着したとき、原告は具合が悪くなって、自ら乗ってきた社用車で休んでおり、本多に対し、体の具合が悪いと訴えたものの、自ら大丈夫だと述べて挨拶廻りと集金業務を続けた。しかも、営業所に帰ってからも精算業務を行ったというのである。このような状態にあっては、原告はまさに疲労困憊の状態だったと認めることができる。その後、原告は、自動車を運転してようやく帰宅し、翌日の朝刊業務のため、早々に食事を済ませて寝ようとして、食事を開始して間もなく本件疾病を発症したものである。

他方、まず、原告と春子とは、同月に結婚したばかりの新婚といっても、前年中から同棲しており、二人で生活をするという形態には変化がなかったのであって、結婚をしたことによる精神的なストレスは考える必要がない。次に、春子は、平成元年四月ころ、妊娠五か月を迎えており、原告との性交渉はなかったから、これによる夜更かし、睡眠不足も考えられない。さらに、原告の飲酒の傾向も、自宅における晩酌では、二〇度の焼酎を約五分の一入れ、あとはグラス一杯にウーロン茶を入れるといった非常に薄いウーロン茶割りを二、三杯飲む程度であり、野上証人、桑島証人が指摘した長期の飲酒による心房筋の変性の可能性も重視すべきではない。この点、野上証人は、証人尋問において本件疾病の直接の引き金となった心房細動を発症した要因としては、発症直前に飲酒したことによる影響である可能性が最も高いと指摘しているが、前認定のとおり、原告は本件発症前には春子が出した焼酎のウーロン茶割りを飲んでいないから、この点に関する右証言は採用できない。

3  2に説示した原告の身体の状態に、二、三に認定した原告の基礎疾患やストレスの影響を当てはめれば、原告は、古典的な顕性WPW症候群という基礎疾患を有していたところ、右に摘示の四月二二日までの集中的な深夜労働を伴う過重な業務が続いたことによる極度の肉体的疲労及び新設営業所への異動等精神的疲労による強いストレスを受け、カテコールアミンの分泌が起こり、心拍数増加、血圧上昇のほか、自律神経のバランスが崩れ、交感神経、副交感神経の調節機能が低下したことにより、カテコールアミンの分泌がさらに増えたと推認することができ、心房性、心室性の期外収縮の機会が著しく増え、副伝導路の不応期短縮、心室筋の電気的不安定性の高騰が生じ、時折房室回帰性頻拍又は心房細動を生じるに至ったと推認される。それでも、原告は一日休んだのみで充分に疲労を回復させる暇もなく、新営業所における自らの役割の大きさを自覚して業務遂行を続け、従前とほぼ変わらない仕事量の業務に加えて、不慣れな挨拶廻り及び集金業務に従事したため、右の疲労を回復する前に新たな疲労を蓄積させることとなり、これがさらに大量のカテコールアミン分泌を促し、本件発症当日午後四時ころにも房室回帰性頻拍又は心房細動発作を生じさせたものというべきである。それにもかかわらず、原告はその後も勤務を続け、車を運転して帰宅し、翌日の朝刊業務に備えて早々に食事を開始したところ、通常であれば、休息に入り副交感神経優位の状況となるから、カテコールアミンの分泌は少量に止まるところであるが、それまでの疲労によるストレスに起因して自律神経のバランスが崩れていたため、間もなく疲労の程度が最高潮に達し、副伝導路の伝導が相当程度促進されるとともに心室筋の電気的不安定性の高騰が生じ、その結果、心房細動発作が起き、今度は心室の早期興奮が伴うなど、それまでの心房細動に比較して極めて重い症状を生じ、二3に認定した機序により、本件疾病へと至ったものであると推認し得る。

ところで、被告は、三3に認定の事実に関して、原告の副伝導路の伝導性が生来的に極めて良く、その基礎疾患はハイリスク群に属していたとした上で、そもそも生来的に本件疾病を発症する危険性が高かったのであるから、本件疾病発症と原告の業務との条件関係が認められないと主張し、乙五八の1、野上証人の証言はこれに沿う。しかし、<1>本件疾病発症前に原告に対する電気生理学的検査が行われたことはなく、原告のWPW症候群の電気生理学的性質を直接裏付ける証拠はないこと、<2>原告は、高校時代には風邪を引いた際に動悸がして病院に罹ったことがあり、その際房室回帰性頻拍ないし心房細動を生じていた可能性があると推認されるが、その後重症不整脈を発症せず、検査をしても不整脈との指摘を受けなかったこと、<3>前記認定1のとおり、副伝導路の伝導性は、生来的なものに大きく影響されるが、桑島証人によれば、これが強いストレス等の外的因子により後天的に変性する場合もあると認められることからすれば、右証拠に基づき原告の基礎疾患がハイリスク群に属すると認定をするには疑問の余地がある。仮に、原告の副伝導路の伝導性が極めて良く、ハイリスク群に属していたとしても、これは心房細動を発症した場合に、低危険群のWPW症候群の患者と比較して心室細動に至る確率が高いというに止まる。すなわち、何らかの外的因子により心房細動を発症した場合、低危険群のWPW症候群であるならば心室細動を発症しなかったのに、生来的にハイリスク群に属する疾患を有していた場合であったが故に心室細動にまで至ったと認められたとしても、右基礎疾患の危険性によって、外的因子と発生した結果との間の因果関係が否定されることはないというべきである。そうすると、被告の右主張には理由がないといわなければならない。

また、被告は、原告が本件疾病発症後心肺蘇生術を施された後は再び心房細動、心室細動を発症していないことから、ストレスが本件疾病発症の要因ではないと主張し、野上証人の証言はこれに沿う。しかし、心肺蘇生術の施行後には抗不整脈薬の投与がされるなど再発防止の各種措置がとられたはずであり、必ずしも発症前と状況が同じではないことが明らかであるから、心肺蘇生術施行が原告に対して強度のストレスをもたらすことを考慮しても、この点に関する右証言を採用することはできず、右主張には理由がない。

4  そうすると、原告の本件疾病の発症については、一般人に比較して期外収縮、心房細動の機会が多く、重症不整脈を生じる可能性が高いWPW症候群という原告の基礎疾患の存在を前提としても、本件の具体的な状況の下においては、同人が従事していた本件会社における業務が著しい疲労をもたらす性状のものであり、同人がかかる業務を継続した結果、過度に疲労が蓄積されたものと認められるような事情が存在する一方で、他に原告について心室細動を生じさせる個別的な因子も特に見当たらないことから、右業務が原告の基礎疾患の自然の経過を超えて急激に増悪させ、その結果本件発症に至ったものとみるのが相当である。

したがって、原告の本件疾病の発症は、原告が担当した職務が過重であったこととの間に相当因果関係があり、職務に起因するものというべきである。

五  以上によれば、本件疾病は、労働基準法施行規則三五条別表第一の2第九号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に該当すると認められるから、業務起因性が認められないとしてした被告の本件処分は取消を免れない。

第四結論

よって、本件請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南敏文 裁判官 矢澤敬幸 裁判官 藤澤裕介)

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